朝鮮半島38度線と軍事境界線の違い

2018/12/13
 
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「人生100年時代突入」という言葉を耳にするようになった。いきなりとは虫のいい話で現在10代の若者に照準を合わせ二人に一人が100歳を迎えるだろうという構想だ既に始まっているとも言われる。早い話が老後が長くなるということで様々な要因で元気に高齢化に向けて「副業・兼業の推進」が社会に取って顕著になっていく。筆者は70代に仲間入りしたが友人から「年寄りの自覚が足りない」と指摘されたことがある。捉えようでどうにでも解釈できるが中身のある年寄を目指すにはチャンスだと思っている。欲深くあと15年をそこそこ生かして戴くと考えるならばまだ青年期である。「人生死ぬまで勉強」と言われるが失敗を伴う貴重な時間だ。これまでの「教育」「勤労」「引退」という3ステージの人生から、「学びながら働く(学生起業)」、「働きながら学ぶ(リカレント教育)」、「複数の仕事や活動を並行して行う(副業・兼業)」、「自身のビジネスを始める(起業)」といった、様々なステージ人生を送るというのが、グラットン氏が言うLIEF SHIFT(ライフシフト)のようである。大いににもがき後世に残せる力を蓄えるために「いっときの恥」をかく道場としてこのブログを成就させたい。目指せエバーグリーンコンテンツ

近くてよくわからない国同士の朝鮮半島。北と南の境界線(国境というのは今だにない。南、北がそれぞれ半島全体を領土として主張しているためだ。)は北緯38度線と思っている方が多いと思うが実はそうではない。38度線で分かれている平たく言えばほぼそんな感じだが正しくは休戦状態なので軍事境界線で分かれているということだ。
これにはある出来事が関係している。

    北朝鮮に釜山まで追い詰められた韓国軍

ある出来事とは

日本が朝鮮半島から手を引いた時から始まる。
アジア太平洋戦争が終結して日本とソ連は不可侵条約を結んでいた。が、終戦直前ソ連が一方的に破棄し日本に宣戦布告をしてきた。
中国大陸の満州から攻め込み南下し始めたのだ。
これに対しアメリカ軍はこのままではソ連が朝鮮半島全てを占領する。大変な事になるということでちょうど半島を半分に位置する38度線を境界線としてソ連に提案した。ソ連は受け入れ38度線北と南に分かれる線ということになった。
その後北朝鮮が半島統一を目指し韓国を攻撃し始めた。北朝鮮はソ連から戦車などを譲り受けていて武器は韓国とは比べ物に鳴らない位戦車は1台もなく北朝鮮軍攻勢でに韓国軍は南端まで追い詰められた。
状況を見た国連軍(実質アメリカ軍)は日本に常駐していたアメリカ兵を総動員(75000人)して仁川上陸(仁川上陸作戦)をし、国連軍と韓国軍は3か月ぶりにソウルを奪回さらに北上して平壌を陥落しさらに北朝鮮軍を中国国境付近まで追い詰めた。
ところが

正体不明の敵と衝突

正体不明の軍隊が北朝鮮の応援に入った。
顔は似ているけど北朝鮮軍とは違う言葉を話してる。識別ができない国だった。
相当壊滅的な打撃を受けた後にわかったのが中国人であった、それも義勇軍という形で中国軍ではない、ボランティア軍名目であった。国連軍がしかけた地雷原も人海戦術で突破し、本体を通すという国連軍が今までに見たことのない有様で中には精神状態に異常をきたす国連兵士もいたという。
後でわかったのは地雷原に突入したのは中国の政治犯で脅してのことだったともという。国連兵7万5000人に対して350万の義勇軍であったまさに圧倒的な数。

ソ連参戦

この時北朝鮮軍とアメリカ軍(国連軍)のジェット戦闘機による空中戦があった。後に判ったのはソ連軍のパイロットが北朝鮮兵士の軍服を着てジェット機に北朝鮮旗をつけ乗っていたことがソ連崩壊のあと続々と証言されている。
当然国連軍は南下する術しか残されてなく後退することになった。

この戦いも38度線付近で膠着状態となった。

軍事境界線

戦争が始まって3年と1か月後の1953年7月27日に休戦協定が結ばれた。南北合わせて300万人の犠牲者、家族が北と南に離れ離れになる離散家族が1000万人に上った。
休戦状態での南北の区切りが軍事境界線(軍事休戦ライン)になった。

 

国連軍と韓国軍が北朝鮮軍を国境まで追い詰めたが・・・・

終わりに

日本は島国なので隣国の意味合いがピンと来ないかもしれないが。隣国と接する国の場合その国反対制である場合非常に神経を使うようだ。空中戦で兵士を送り込んだソ連も緩衝地として重要なので戦争に関わってくる。中国に至っても中国軍では直接アメリカとの戦いになるのを避けてでも「義勇軍」を隠れ蓑に積極参戦している。

戦争は莫大な損失でしかない。勝てば市は恐ろしくないというのはうそだ。勝っても負けても命の価値は変わらない。
北朝鮮、韓国、中国も積極的に争いのない工夫をしないと結果的に国民を泣かせることにしかならない。
正しい戦争なんてない。喧嘩両成敗というではないか、武器を使った喧嘩では仲直りできない。
みんな必死に生きているお国の事情なのか面子なのかそんなことで人の命を粗末にするな。

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「人生100年時代突入」という言葉を耳にするようになった。いきなりとは虫のいい話で現在10代の若者に照準を合わせ二人に一人が100歳を迎えるだろうという構想だ既に始まっているとも言われる。早い話が老後が長くなるということで様々な要因で元気に高齢化に向けて「副業・兼業の推進」が社会に取って顕著になっていく。筆者は70代に仲間入りしたが友人から「年寄りの自覚が足りない」と指摘されたことがある。捉えようでどうにでも解釈できるが中身のある年寄を目指すにはチャンスだと思っている。欲深くあと15年をそこそこ生かして戴くと考えるならばまだ青年期である。「人生死ぬまで勉強」と言われるが失敗を伴う貴重な時間だ。これまでの「教育」「勤労」「引退」という3ステージの人生から、「学びながら働く(学生起業)」、「働きながら学ぶ(リカレント教育)」、「複数の仕事や活動を並行して行う(副業・兼業)」、「自身のビジネスを始める(起業)」といった、様々なステージ人生を送るというのが、グラットン氏が言うLIEF SHIFT(ライフシフト)のようである。大いににもがき後世に残せる力を蓄えるために「いっときの恥」をかく道場としてこのブログを成就させたい。目指せエバーグリーンコンテンツ

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