いさりば

過ちは改めることをためらってはいけない

あやまちてはすなわあらたむるにはばかることなか

所属するグループのコンプライアンスに抵触してしまった。個人サイトの運営上禁止された行為をしてしまった。該当グループのコンプライアンスチームから抵触する部分の規約文面と共に削除するよう警告が来た。一応把握はしていたが「本音と建て前」的な甘い捉えでいずれはそうなるんだと舐めてかかっていた。

当然自覚があるので指摘のページを即刻削除をし、お詫びのコメントと指摘のページ以外の精査も実行すると返信した。
つい先日ブログタイトルの「あやまちてはすなわあらたむるにはばかることなかれ」という論語の一節を目にし共感を覚えた矢先だった。過ちそのものを言ってるのではなくその後の姿勢を正しているところに感じるところがあった。過ちを犯したことに気づいたら、体裁や対面などに捉われず、ただちに改めるべきだという戒め。

人は誰でも過ちをおかす、しかし改めをためらい気兼ねすること自体が過ちだと説いている。昨今の政治不信にもこの言葉があてはまるだろう。何故ならあらたむるにはばかってばかりいるから。

過ちは改めることをおろそかにすることを言ってる論語がある。

あやまちてあらためざるこれあやまちと

過ちを反省しないことを過ちという

過ちを繰り返す人は改めることをはばかっているからであり、体面を繕ろうとうとすることが過ちを繰り返し、時には墓穴を掘掘る頃になる。

自分の過ちを棚に上げて書いてるようだけど今回の私の起こしたコンプライアンスに抵触したことから論語の言う意味を理解し、改める行動(修正)を完成させることにある。

「反省だけなら猿でもできる」という言葉が昔CMで有名になりました。

反省と改める

反省という言葉には実態がありません。どちらかというと挨拶用語のようなイメージです。
つい自分に寛大で人には厳しいというような人の場合よく反省という言葉が聞こえます。

行動を改めない、行動が共なわない反省は意味がない、だから軽い言葉に分類されるのです。

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論語








著者の難しい言葉も誰にでもわかりやすく平易な現代語で解説する驚異の国語力のおかげで、論語を完読できました。過去に途中で読むのを挫折した論語もありましたが、再度読みたいという気持ちになり、繰り返し読み更に理解を深めたいと思っています。

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