わかりやすい慰安婦問題の真実

2018/06/26
 
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「人生100年時代突入」という言葉を耳にするようになった。いきなりとは虫のいい話で現在10代の若者に照準を合わせ二人に一人が100歳を迎えるだろうという構想だ既に始まっているとも言われる。早い話が老後が長くなるということで様々な要因で元気に高齢化に向けて「副業・兼業の推進」が社会に取って顕著になっていく。筆者は70代に仲間入りしたが友人から「年寄りの自覚が足りない」と指摘されたことがある。捉えようでどうにでも解釈できるが中身のある年寄を目指すにはチャンスだと思っている。欲深くあと15年をそこそこ生かして戴くと考えるならばまだ青年期である。「人生死ぬまで勉強」と言われるが失敗を伴う貴重な時間だ。これまでの「教育」「勤労」「引退」という3ステージの人生から、「学びながら働く(学生起業)」、「働きながら学ぶ(リカレント教育)」、「複数の仕事や活動を並行して行う(副業・兼業)」、「自身のビジネスを始める(起業)」といった、様々なステージ人生を送るというのが、グラットン氏が言うLIEF SHIFT(ライフシフト)のようである。大いににもがき後世に残せる力を蓄えるために「いっときの恥」をかく道場としてこのブログを成就させたい。目指せエバーグリーンコンテンツ

日米韓同盟が怪しげな雰囲気になってきている。お騒がせな韓国は日本国民からは信頼を無くしている。問題の蒸し返しを特技とし、外交の道具として使っている。依然としてどころか火に油を注ぎまくってる慰安婦問題。FB仲間のミヤモト正さんがわかりやすい解説を書いていただいたのでご本人の承諾を得てここに紹介する。

従軍慰安婦の言葉はどこから。

「従軍慰安婦」という言葉は千田夏光という作家が1973年に作られた言葉で、戦時中は「戦場慰安

婦」「軍慰安婦」または単に「慰安婦」と呼ばれていた。

韓国での密約外交

1993年8月4日、当時の官房長官の河野洋平が「強制連行」を認める談話を発表して謝罪したが、

1997年にこの談話に関わった石原信雄、元官房副長官がこれは何一つ証拠が無いまま行った韓国で

の密約外交(韓国政府が「韓国の元慰安婦の名誉のために{強制連行}だったことにしてほしい」と要

請してきたのを軽はずみに受け容れた)の産物だと驚くべき発言をした、河野洋平本人も事実を認めて

いる。

「私が慰安婦狩りをやった」詐話師の嘘話

国連人権委員会に提出された「クマラスワミ報告」は慰安婦強制連行があったとして日本政府に責任者

の処罰と国家賠償を求めているが、この報告書の根拠となったのは「私が慰安婦狩りをやった」と吉田

清治が1983年に証言したのをもとにしているが、1996年に本人が「フィクション」だと認め、

この詐話師の嘘話が朝日新聞や日本のマスコミ、韓国、国連につたわり、全ての「強制連行説」が崩れ

たために、1992年に吉見義明と言う学者がデッチ上げた「強制性説」という珍説を用いて「人狩

り、人さらい」だったと論点をスライドさせ、それまで「人狩り強制連行説」を大宣伝していた朝日新

はじめ、各マスコミ。左翼市民団体、進歩的と思っている言論人たちは人狩り強制連行説が作り話と

分かると、今度は一斉に「でも強制性はあったはずのでは?」と憶測で慰安婦問題を取り上げ続ける不

可解さ。

二転三転する経緯

2007年2月15日、米下院の公聴会に出席した元従軍慰安婦3人は、これまで猫の目の如く言うこ

とが変転してきた曰く付きの女性たち、韓国人のイ・ヨンス(李容洙)「かのじょが初めて元慰安婦と

して公の場に出たのは、1992年当時は慰安婦にされた経緯を(満16歳の秋、国民服に戦闘帽姿の

日本人男性から赤いワンピースと革靴を見せられ嬉しくなって、母親に気づかれないように家を出た

と語り、先の公聴会でも同じことをしゃべっているが」現代史家の秦郁彦氏は「これまで何度も来日し

ている彼女は数回会見しているが、その当時の2月には(日本兵が家に侵入してきて、首を掴まれ引き

ずり出された)といい、3月には(軍人と女に刀を突きつけられ、口を塞がれ連れ出された)などと内

容が変っている。

要するに、家出と強制連行と2つ話が出てきている」この李元慰安婦には別の疑惑も指摘されている、

連行されたときの年齢が、14歳、15歳、16歳、と「3種類」時には「1944年16歳で台湾に

連行され慰安婦の生活を3年間も強いられた」と語っているが、それでは終戦後も慰安婦として働いて

いたことになる。(この李は今回トランプにハグしたBBA

同じく韓国人のキム・クンジャ{金君子}は「ある時は、幼い時に両親を失い、養子に出された先でお

使いに行ってくれと言われ汽車に乗せられた」と語ったかと言えば、ある時は「家に2人の朝鮮人が来

て、工場で働かせてやると騙された」などと回想している。いずれにせよ家出に近い話で、日本軍によ

る強制連行ではない。

という解説に対してFB仲間からも「経緯がわかり易い」、「流れとして理解できた。」などのコメントが寄せられている。

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「人生100年時代突入」という言葉を耳にするようになった。いきなりとは虫のいい話で現在10代の若者に照準を合わせ二人に一人が100歳を迎えるだろうという構想だ既に始まっているとも言われる。早い話が老後が長くなるということで様々な要因で元気に高齢化に向けて「副業・兼業の推進」が社会に取って顕著になっていく。筆者は70代に仲間入りしたが友人から「年寄りの自覚が足りない」と指摘されたことがある。捉えようでどうにでも解釈できるが中身のある年寄を目指すにはチャンスだと思っている。欲深くあと15年をそこそこ生かして戴くと考えるならばまだ青年期である。「人生死ぬまで勉強」と言われるが失敗を伴う貴重な時間だ。これまでの「教育」「勤労」「引退」という3ステージの人生から、「学びながら働く(学生起業)」、「働きながら学ぶ(リカレント教育)」、「複数の仕事や活動を並行して行う(副業・兼業)」、「自身のビジネスを始める(起業)」といった、様々なステージ人生を送るというのが、グラットン氏が言うLIEF SHIFT(ライフシフト)のようである。大いににもがき後世に残せる力を蓄えるために「いっときの恥」をかく道場としてこのブログを成就させたい。目指せエバーグリーンコンテンツ

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